地元の人が≪王家の谷≫と呼ぶ場所は、トゥヴァ共和国のトゥラン-ウユク山周辺に広がるステップ地帯に位置しています。
トゥラン-ウユク渓谷の総面積は約13万ヘクタールに及び、この地には千近い数のクルガンがあります。

クルガンとは、北方ユーラシアの草原地帯に分布する盛り土または積み石のある埋葬塚のことで、この内のいくつかは直径100m以上、高さは5mにもなります。
通常、クルガンは列を成していて、そこに埋葬されている人物との血縁関係を表わしていると考えられています。
特に渓谷の奥まった所、尾根(クルトゥシビンスキー、ウユクスキー)が交差する場所に多く見られ、青銅・鉄器時代の紀元前1000年期の考古学的遺跡が存在しています。

クルガンは、スキタイ文化の源流として考えられている古代遊牧民族に於ける上流階級の埋葬例として、とても貴重な価値を有しています。
また、≪王家の谷≫には埋葬塚だけではなく岩絵もあり、埋葬や儀式に使われていて、今日まで続く3000年に渡る崇拝の対象となりました。
この事から、2021年11月30日に世界遺産暫定リストに登録されました。

 

アルジャン・クルガン

トゥヴァの≪王家の谷≫の調査・研究は、時代区分や発祥地、スキタイ人の精神的・物質的文化に対する学者たちの考え方に、きわめて重要な変化をもたらしました。
アルジャン1号・2号と≪王家の谷≫のその他のクルガンは、世界でも最も古いスキタイ文化(スキト=シベリア文化)の遺跡となっています。

アルジャン1号

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

最も知られているのが、紀元前9~8世紀頃のアルジャン1号クルガン(直径120m、高さ5m)で、1970年代にグリズヤノフによって発掘されました。
ここでの研究結果が、スキタイ文化の発祥地についての学者の考え方を一変させ、古代遊牧民族文明研究に於ける非常に貴重な調査資料となりました。
また、遊牧民族が独自の記念建造物は作り出せないという固定観念の打破にもつながりました。

アルジャン1号クルガンには、5000本ものカラマツの丸太を使用した木製構造物が石の基壇の下に隠されていました。

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

木製構造物は、クルガンの中央周辺より放射状に配置された長方形と正方形の形をした100以上の小部屋で構成されていて、全体として車輪の様なイメージとなっています。
小部屋は丸太を井桁に積んでおり、槨室(遺骸を納める棺が直接土に触れぬように棺の周りを囲む木の外箱)と考えられています。
この様な配列にある塚は世界で2つだけが知られており、いずれともここトゥヴァの≪王家の谷≫に存在します。

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

アルジャン1号クルガンには合計29の構造物(中央墓、15の附属墓、200頭以上の痕跡が見つかった13の副葬馬の墓)がありました。
こうした埋葬の様子から、中央墓に眠る人物はとても裕福あるいは権力があった様に考えられています。
最も価値のある副葬品は墓荒らしによって盗掘されていて、埋葬品の意義や量を確定することは難しくなってしまいました。
それでも衣服や武器、いけにえの動物の骨、馬具の一部が見つかっています。

アルジャン2号

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

紀元前7世紀後半と推定されるアルジャン2号クルガンは、盗掘被害にあっておらず、その調査は世界的な注目を浴びました。
中心に2つの偽の玄室を設けることで、略奪者の目をそらすことに成功したのです。
発掘調査が開始される前、クルガンには、直径75~80m・高さ1.5~2mになる堤を有し、黒い石を用いた基壇がありました。

実際の玄室は中心から20m程離れた場所に設けられており、中からは大量の高品質な黄金装飾と共に、2名(王と王妃)の埋葬が確認されました。

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

また、16名の殉死者が埋葬されており、王妃と共に死後の世界で王に仕える為に殺されたものと考えられています。
王は40~45歳前後で身長167~175cm程度、王妃は30~35歳前後で身長160cm程度と推定されます。

王は黄金のトルク(ネックスレスの一種)を身に着け、2,500もの黄金のパンサーを装飾した上衣をまとい、黄金をちりばめた短剣をベルトに差し、黄金のビーズで縫われたズボンに黄金のカフ付きブーツを履いていました。

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

王妃も黄金のパンサーを装飾した赤いマントをはおい、黄金の櫛などを身に着けていました。
同じく数千ものビーズが発見されており、その内の400以上はバルト海産の琥珀が使われていました。

アルジャン2号クルガンで発見された黄金製品は総数1万点以上にのぼり、大部分(8,224点)がトゥヴァ国立博物館に収蔵されています。
残る3,331点はサンクト・ペテルブルクのエルミタージュ美術館に運ばれました。

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

アルジャン2号クルガンの黄金装飾には熟練の技が見受けられ、古代の職人の高い芸術センスを感じられます。
こうした芸術作品は、永遠に世界の文化資産となるでしょう。
しかしながら、この時代の遊牧民族がどのようにして高度な技術を会得したのか、はっきりとは分かっていません
(例えば、王のズボンに使用された黄金のビーズは、直径1mmの穴が開いていました)
黄金製品の優雅さは、3000年の年月が経っても世界中の人々を魅了してやみません。

 

観光とアクセス

観光の拠点になるのはクズルの街。
クズル市内には≪アジアの中心≫記念碑や、チベット仏教寺院ツェチェンリン・ダッツァンがあります。
また、トゥヴァ国立博物館には、アルジャン・クルガンからの出土品が展示されています。

©фотофоир музея ≪Национальный музей имени Алдан-Маадыр Республики Тыва≫

なかでもスキタイの黄金装飾は必見ですが、博物館が催行するガイドツアー(ロシア語のみ)に参加する必要があります。

また、隔年で国際*フーメイ・フェスティバルが開催されています。
*フーメイ=喉歌の一種。モンゴルのホーミーがよく知られている。NHK大河ドラマ『龍馬伝』のテーマ曲で、フーメイがサンプリングとして使用された。

クズルまでは、残念ながら鉄道がまだ開通していません。
クラスノヤルスク地方のクラギノとクズルを結ぶ路線が2011年より建設開始となりましたが、資金不足の為、クズルから1km地点で工事がストップしています。
その為、飛行機や車での移動が必要となります。

ローカル航空会社がモスクワやノヴォシビルスク、クラスノヤルスクとクズルを結んでいます。
車で移動する場合には、最寄りの鉄道駅があるクラギノまでは約400kmと離れているので、ある程度の時間を要します。