ロシアに初めて鉄道が開通したのは、1837年11月11日のこと。帝政ロシアの首都サンクトペテルブルクと、郊外のツァールスコエ・セロー(皇帝村)、パヴロフスクを結ぶ区間でした。

現在、これらの町は、見事な庭園で旅人を魅了するエカテリーナ宮殿や、毎年秋に黄葉の名所となるパヴロフスク宮殿で知られています。

19世紀当時、これらの町には、各宮殿を中心に、サンクトペテルブルクの富裕層の住民のための別荘地が広がっていました。そこに、ロシアで初めての鉄道は、敷設されたのです。

当時の皇帝ニコライ1世の命を受け、この鉄道敷設に携わったオーストリアの技師フランツ・フォン・ゲルストナーは、この鉄道の魅力を高めるために、終着駅であったパヴロフスクの駅舎に、文化的な機能を持たせることを提案しました。このアイデアに基づき、1838年5月23日に完成した駅舎には、レストランやコンサートホールが併設され、ヨハン・シュトラウス2世、リスト、シューマンなど、数々の世界的音楽家らが、鉄道会社によってロシアへと招かれました。彼らによる演奏会を聴くために、多くの観客は、この鉄道を利用してパヴロフスク駅を訪れることとなったのです。

日本でも、同様に、鉄道敷設と文化事業の融合により、20世紀の私鉄経営の基礎を築いた人物として、1910年開業の箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)と宝塚歌劇の父・小林一三が有名ですが、帝政ロシアでは、それをさかのぼる19世紀前半に、すでに同様の事業が行われていたことになります。

このようにして、公共的な娯楽の機能を持ったパヴロフスクの駅舎は、ロンドン郊外にあった公共庭園 Vauxhall の名を冠し、「ヴォクソール」と呼ばれることとなりました。この呼び名は、やがて、ロシア語でターミナル駅を意味する単語 вокзал(ヴァグザール)となり、この駅の輝かしい名声を、現代の私たちに伝えています。